『Moon』な1日。

今日は朝から長女が泣きべそで、結局車で送って行きました。

月曜日、仕事から帰宅すると、泣いていて「学校に行きたくない」と。

またか…って思いました。
最近調子良く行っていたのに、何で?って。

夏休み1ヶ月前くらい、保健室登校していました。

お友達との関わりがきっかけ。
思い込み過ぎていることもあったけれど、その時の長女にとっては全てが敵で、皆から嫌われている、皆から避けられている、皆が自分を悪く言っているという怖さで、教室に行けなくなりました。
行き帰りは送迎し、担任の先生と面談し、家庭訪問してもらい、保健室や他の教室で過ごさせてもらいました。

いつまでこの状態が続くのか、長女が教室に行かないでいいという状態に甘んじてしまっている様子にもイライラして、私もきつく言ってしまうこともあったけれど、毎日話をして、先生と親、家族で寄り添うことで、1週間ほどすると少しずつ教室に行けるようになり、夏休み前には普通に登校できるようになりました。

夏休みを終えても、特に行きたくないということもなく、登校していたのに。

今回は、隣のクラスの子にすれ違いざま「くさい」とか、「背が高い」とか言われたのに傷ついたらしい…。

すぐさまその月曜日の夕方に、学校に行き、担任の先生とお話して、また気持ちがきついときは保健室や別の教室に行くようにして、対応していこうということに。

学校が全てではないと思ってる。
行きたくなければ行かなくてもいい…そう思いながらも、やっぱり学校で得られることもあるから、誰かに何かを言われたくらいで、その機会を娘になくしていいのかというせめぎ合い…。

そんなこんなで、今日も浮かない表情で朝の支度をする長女。

私は送っていくでも歩いていくでも、どちらでもいいから、長女が自分で決めて、私に送って欲しいと頼み、登校班の子には自分で伝えて欲しいと思っていたのに、どっちつかずでぐずぐず準備する姿に腹が立ち、わぁ〜っと自分の気持ちをまくし立てた。

苦しいのはわかるけど、自分のやるべきことは責任もってやってと。
頭の中で「こう言われたらどうしよう」との怖がるのはやめて、今目の前のことに目を向けてほしい。
どうしたらいいか一緒に考えてくれる先生も、そばにいてくれる友達もいる。
そして、他の誰があなたのことを嫌いでも、私達家族だけはあなたのことを愛してるし、大事だし、全力で守るからと伝えました。

一生懸命言いながら、自分に言っている感覚に。
幼い頃、私もこう言って欲しかった。

子ども(特に長女)を抱き締めたりするのは苦手だったけど、頭を撫でて、抱き締めました。
私もこうして欲しかった。

全部思いを伝えたあと、抱き締めたあと、長女の顔は変わっていました。

まだ足取りは重かったけれど、ちょっと(ほんのちょっとだけ)自信がついたような。

学校に行って欲しいわけじゃなくて、娘が娘自身を愛して認めていって欲しい…伝わったかなぁ。


今日は桜木東コミュニティセンターでのヨガレッスンでした。


先日手に入れた萩田ユカリさんのクリスタルボウルのCDを初使用

通常レッスン、おふたりが参加の予定でしたが、お休みの連絡があり、おひとりがキャンセルになりました。

来られたメンバーさん、座られる姿に何だか違和感…と思っていると、今日は膝が痛むとのこと。
せっかくマンツーマンになったので、普段通りのレッスンより、今日のこの方に添ったレッスンを…と思い、色々ポーズをするより全身調律メソッド、ひとつひとつのポーズをいつもより時間をかけて行いました。

私がレッスンを始めた頃より、呼吸も深くなっている、アジャストする時も、肩が柔らかく、下りやすくなっている。

ゆっくりその方ひとりに添うことで、気づけた変化に、嬉しくなりました。

いつもは誘導にいっぱいいっぱいで、たまには世間話でも交えたいと思いながらも、余分な話が出来ない私。
今日は自然と会話が生まれ、ゆったりとポーズをとりながら色んなお話をしました。

会話が途切れる時があっても、それはそれで心地良くて。

上手くお話が出来ないことを自信のなさにつなげていたけれど、出来る時があってもいいし、出来なくてもいいんだって、自分の呪縛が解けたような。
どちらの時間も、心地良い。

今日お話できたことで、どちらの自分でもいれるんだって思いました。

また、話すことでその方のことを知れて、より繋がりが深まった感覚も事実。
怖がらずに、コミュニケーションもとっていこうと思います(^^)

無意識にでも、誰かと比べたりして「こういうレッスンしなきゃ」「こうしないと伝わらない」って思い込んでいた。
その時、その場で出したいものを出していく。
それが自然だし、それでいいんだと思えた。

シャヴァサナ中、こっそり引いた、今日私が生きるカードは『Ecstasy』
今日感じた思いをブログに投稿するギフトは、『Trust』

満たされた気持ちでレッスンを終え、回遊魚のような雲を眺めながら宏美先生のTTへ。


今日は宏美先生がメイン講師を務められる第6期グラウンディングヨガTTの初日でした。

私はちょうどレッスンがかぶっていて、途中からの参加。
ちょうどランチタイムでした。

私を含め助手として参加するTL生は、TT生のグラウンディングヨガレッスンを請け負うので、自分がレッスンをしている(出来る)日をお知らせがてら、自己紹介。

3期、5期、再受講の時とはまた違った立ち位置から見る景色は新鮮で、参加される新しいメンバーさん達が、とても愛しく思えました。

宏美先生のTTは、TLT卒業レッスンを兼ねたTTの時よりグレードアップしていて、テキストに添いながらも、全部を腑に落とし、ご自分の言葉で伝えられているのがわかる。

凄い…感動しました。

人はこんなに短期間で、成長したり、変容するんだなって。

私がそうなれるのか、また怖さが出てきた。

講義の中で引いたカードは『Delusion』で、引いた時は今日は朝から良い感じな私だったのに、何故?と思ったけれど、この思いだったのかと納得。

…けれど、今はただ、TLTと、宏美先生のTTに参加して学べる楽しさや喜びの方が、怖さより勝っている。
大丈夫。
私は私に「必ずやり遂げる」と約束したから。


お月見の夜。



今日を締めくくる1枚は、『Moon』



本当に、色んな感情体験をした1日だった…。
体は疲れていたけど、とても充足感溢れる夜でした。

宏美先生と私。

懐かしいな。



まだグラウンディングヨガに出会う前の私。

お隣に写る宏美先生が、伝えて下さったもの。

そのおかげで、今の私がいる。

グラウンディングヨガ5期TTを終えてから、ちょっと前まで何となく沈んだ日々を過ごしていました。

卒業レッスンで合格…けれど再テストを告げられ、納得したようでやっぱりどこか納得してないモヤモヤ。

しばらくしてから出てきました。

もう5期を受けただけでも充分なチャレンジだったんじゃないの?

自分自身の学びに、終わりはないのはわかってる。

でも、どこまでやったら……途方に暮れてしまった。

子ども達が春休みに入ったタイミングで、朝から朝ごはんと夫のお弁当に加え、子ども達3人のお昼ごはんの用意。

バタバタとあわただしく出かけ、帰って来たら一息つく間もなく片付けや夕飯の支度。

春休みに入って数日で、もうクタクタだった。

仕事じゃない日は自分の予定もあり、子ども達に全くかまえない日々にも罪悪感。

だから、宏美先生のTLT卒業レッスンを兼ねてTTの講義があると聞いた時、凄く迷った。

受けたい気持ちはあった。
3期から5期、私のTTを見守ってくれた宏美先生を、今度は私が見届けたい。

5期で受けれなかった部分の講義も受けたいし…。

でも、3月に5期TTが終わったばかりなのに、また?

自分も5月からレッスンを始めるというのに、更に講義を入れると、休みに余裕がなくなってしまう。

また子ども達にも目を向けられないんじゃないか。

受ける…受けない…。

そんな迷いの中、まゆみさんのヨガを受けた時に、ボイジャーを引いて聞いてみた。
宏美先生の講義を受けたら得られるものは?
『Surfer』

のっていい波が来ているのを感じる。
…けれど、のれなかった。

その時に私が出した答えは、やはり受けないという選択。

また再聴講するなら、自分のレッスンをしてみてからでいいんじゃないか。
今回じゃなくても、また次に受ければいい。

そう決めた。

決めたはずなのに…まだずっと心はモヤモヤしていて、苦しかった。

モヤモヤを脱したくて、「ブログに5月から自分のレッスンを始めることを書く」ことを行動の約束にして、
ギフトは『Hermit』

もうその時は来ている。

そして行動の約束をしてからの今週。
急にモヤが晴れたように、気持ちが上向きになった。

まだ自分のしたいことをし始めて、1年半くらいじゃないか。

それまではずっと、自分の価値を子育てに見出だそうとして、子どもを産んでは育て、産んでは育て…それに精一杯だった。

だからと言って、それで自分のこれまでの人生を奪われたということではなくて、それがこれまでの私には最良の生き方だったんだろうけど。

でも、私は別の生き方に出会ってしまった。

それに今度は全力で向かって、何が悪いのか。

お金も、時間も、私が私のために作ったんだから、それを使って、何が悪いの。

色々理由をつけて、自分で制限をかけて、受けたくない頭にしようとしていた。
自分の心はもうわかっていたのに。

講義を受けたい。

付き合いが長いからとか、見届けるとか、そんなんじゃなく、ただ、私が受けたいから。

全部じゃなくてもいい。
5期で受けれなかった部分だけでも。

講義の場とはいえ、週に1度、相談したり
アドバイスを受けられる機会が必ずあるということは、とても心強い。

受けることで、仕事と、自分のレッスンと、バランスを取っていける気がする。
まだ人生これからなのに、たったそのうちの3ヶ月、そこに自分を注いだとして、何も無駄にはならない。

また先に受けれる機会があるかもしれない。
でも、この3ヶ月は、今しかない。


改めて、宏美先生の講義を受けると決めました。
得られるものは?
『Passion』


5月が楽しみだ。

…の前に、再テストも( ̄∇ ̄;)

グラウンディングヨガレッスンを始めます。

前記事より、だいぶ間が空いてしまいました。

グラウンディングヨガ5期のTT、卒業レッスンを終えて、面談を終えました。

一応講座を修了はしたのですが、再テストを控えております。

…というのが、現在。

3期、そして5期と、TTを受けたからといって、何かが大きく変わるとは思ってなかったし、特に変えようとも思ってませんでした。
TTを受けた最初の動機は自分のためだったし、卒業してからも、自分がクラスを持つなんて、とんでもないと思っていたのです。

けれど5期TTを終えて、決めました。

5月から、はるさんが開講されていたヨガ入門のクラスを引き継ぐ形で、グラウンディングヨガのレッスンを始めます。

もう形あるものを引き継ぐプレッシャーもありますが、それでもやりたいと思った。

この、グラウンディングヨガで私が受け取ったもの、感じたものを、伝えたい。

まずはそれだけ。

最初は全てが手探りだし、受け取ってもらえるかわからない、伝わるかわからないけれど、自分のやりたいようにやってみたい。

詳しくはまた告知しますが、概要は…

場所は、桜木東コミュニティセンター 多目的ホールにて。

水曜日(月3回)
10時〜11時40分

5400円のお月謝制です。

パートナーシップへのワーク

TTの最終日、残ったはるさんとまゆみさんとで、自然とパートナーシップの話になりました。

その日、2回出た『Synthesis』

男性性と女性性の融合も表す。

パートナーシップ、それはいつも私の心の奥底にある、クリアにしたい課題。

結婚して14年。
主人と育ててきた14年分の木があるとして、その幹、バームクーヘンのように重なった年輪を1枚1枚剥がすと、その時々にひとつは、大きな悲しみがあるように思う。

悲しみの根底には、解ってもらえない悲しさや辛さ、もどかしさ…。

澱のように心の奥に溜まって固まってしまっているもの。

何故そうなってしまっているのか…。

話すことで主人に嫌な顔をされたくなくて。
素直に出した気持ちを解ってもらえないかもしれないことが怖くて。
上手く伝えられないこと。
嫌われたくない。

…そう、嫌われたくなくて、自分の本当の気持ちを伝えるのを恐れて、自分の本当の気持ちに蓋をしてきた。

ここをクリアにしなければパートナーシップに繋がる『Synthesis』は得られない。

昨日の夜、「主人に自分の本当の気持ちを伝えるのことで得られるギフトは?」で、カードを引いた。

『Love』


泣きそうになった。

真実の気持ちを話して、真実の愛を得たい。
真実の愛で、主人と心から繋がりたい。

花瓶(主人)から溢れる花(愛)で、カップ(私の心)が満たされ、そこに4匹の魚(4人の子ども達)が喜んで、寄り添っている。

主人に話を聞いてもらった。

もし、私が余命3ヶ月と宣告されたら、その残された3ヶ月で、私の思いを叶えてくれる?という質問に始まり、ずっとどこか、「〜してもらった」という思いが強くて、いつか愛想尽かされるんじゃないかと怖かったこと。
それで愛情を確かめるようなことをして困らせたりしてきたこと。
今の生活を、主人も心から幸せと思っているのかがわからなくて、この家庭に自信が持てなかったこと。
4人目のここのを産んだ理由。
上手くやりこなしているように見えても、辛くて助けて欲しい時もあること。
何があっても、やっぱり私を一番支えてくれる、理解してくれるのは主人だと思っていること。
今、私が取り組んでいること。

今はまだ、奥底まで解らなくてもいい、話したからとすぐに変わることも求めていない。
でも、ただ聞いてほしかった思いを、話しました。

主人は怒るでもなく、静かに私の想いを受け止めてくれた。

翌日。
主人に話したことで『Love』を受け取ってからの、今日の私の真実は?

『Fulfillment』


満たされた私の心。
全てじゃないかもしれないけれど、ちゃんと話せたことに「よくできたね」ってカードに言ってもらえている気がしました。

おかげでその日はとても満たされた気持ちで1日過ごせました。

子ども会のお別れ会で、上の3人はお弁当を食べてくるとのことだったので、ここのを連れてイオンの復活した鎌倉パスタへ。


オクラと納豆のパスタも食べたかったけれど、きのこの和風パスタ。

2017年、明けました。

あっという間に1月も半ば近くが過ぎました。

年末、29日は年賀状を仕上げて、30日は申し訳程度に、気になる部分をお掃除。

そして、31日から明けて2日まで、天草の実家に帰省しました。

結婚した2003年のお正月からずっと、妊婦だった時も子どもが産まれた年も、欠かさず作ってきたお節料理を、今年は手放して、天草へ。

お節料理を作らないなんて、どうでもいいことのようですが、私の中ではけっこう大きな決断でした。


これは去年のお節料理。

私と旦那さんが結婚届を出したのは、2003年の元旦でした。

それまでの年末は、母と買い物に行き、ふたりでお節料理を作るのが実家にいるときの常で、その時間が私にとっては特別で、大切な時間でした。

そして結婚した年のお正月、初めてひとりでお節料理を作りました。

料理本を見ながら、母のやり方を思い出しながら。

母と過ごした時間を思いながら、離れていても大切にしたかったこともありますが、半分は、ひとりで作り上げたことを凄いって思ってもらいたかったし、旦那さんの家族にも良い嫁気取りたかったのもあります。

それから、どんな年もお節料理だけは作り続けてきたので、今回作らない選択をした時は、何だか凄く、自分に負けたような、悔しさがありました。

やっぱり、これだけ出来る自分、他人に良く見せたい自分をなかなか捨てることが出来なかった。

でも、年末の108回太陽礼拝をして、全て流され終わったスッキリ感を味わい、自分の中でようやくそのこだわりを捨てることができました。

私がそれをしなくても、全ては廻っていくのだということ。
私が何をしてようとしてなかろうと、変わらず新しい年はやってくるし。

そして、私がそれをしなくても、これだけのことが出来るんだよって、頑張って見せなくても、私はもうそんなの必要ないくらいに、周りから想われているんだと思えるから。

SNSに関しても、初めは本当に忙しくて見る暇がないだけだったけれど、途中からは意図的に、なるべくスマホを見ないようにしていました。

自分がアップした記事へのリアクションを気にしたり、また、自分がリアクションしたことへの相手の反応など、いちいち気にするのが嫌だったから。

誰かの記事にリアクションしなかったことで、その人に想われなくなることが怖くて、その人といいねすることで繋がっていたくて、チェックする…。

もうそんなこと、しなくていいんだと、やっと思えて手放せた。

一生懸命誰かと繋がろうとしなくても、もう必要な人とは繋がれているし、いちいちリアクションしなくても、私はその人のことを想っているし、相手はそのことを知っているし、その人も私のことを想ってくれているんだということに信頼をおくことができ、常にスマホをチェックして、振り回されるということがなくなりました。

別に、いいねとか、義務感や嫌な思いでしていたわけじゃないけれど、しなくても相手とは通じ合えていると思えた時の解放感。

とらわれているつもりはなくても、そうすることにとらわれていて、そういうことを色々と手放せた年末年始でした。


さすが天草。



2泊3日だったけれど、貴重なお正月休みを実家でゆっくり過ごせて良かった(^^)


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